「無農薬農薬(むのうやくのうやく)」は、一見矛盾した表現ですが、テレビ番組で放映されるなどして注目されるようになった言葉です。
これは実際には「農薬に代わる無害な資材」や「農薬のように害虫を防除するが、化学物質を使わないもの」を指しています。一方で矛盾を抱えた表現内容から、問題視されているポイントも多くあります。
本記事では、無農薬農薬の特徴や目的について解説します。
目次
- 無農薬農薬とは?目的やメリット
天然成分の使用
環境や人体への影響を抑える
オーガニックや無農薬栽培のサポート
生物農薬と近い - 無農薬農薬の問題点やデメリットは?
効果の安定性が低い
即効性が低い
コストが高い
持続性が低く、頻繁な再散布が必要
実証データが少ない
広範な害虫や病気への対応力が限られる
無農薬農薬への耐性の問題 - 「無農薬農薬」という表現が招く誤解
矛盾した言葉であるため誤解を招きやすい
「無農薬」を広義に使うと、曖昧さが増す
「無農薬栽培」との混同を招く
「無農薬=安全」との誤解
代替農薬全般をまとめた表現として不正確 - まとめ
無農薬農薬とは?目的やメリット
天然成分の使用
例えば、植物のエキスや昆虫を忌避する成分などを使って、農作物に害を与える病害虫を抑える製品です。一般的に、化学合成物質ではなく、自然由来の成分で作られています。
環境や人体への影響を抑える
化学農薬の多用は環境や人の健康に影響を及ぼす可能性があるため、こうした製品を使用することで、より環境に優しく、安心して農産物を生産できることを目指しています。
オーガニックや無農薬栽培のサポート
有機栽培や無農薬栽培を行いたい農家の方々が、病害虫から農作物を守るために活用できる手段の一つです。無農薬農薬は、有機JAS認定を受けるために許可されている製品もあり、有機栽培や無農薬栽培の実現を助けています。
有機食品のJASに適合した生産が行われていることを登録認証機関が検査し、その結果、認証された事業者のみが有機JASマークを貼ることができます。この「有機JASマーク」がない農産物、畜産物及び加工食品に、「有機」、「オーガニック」などの名称の表示や、これと紛らわしい表示を付すことは法律で禁止されています。
※引用:農林水産省「有機食品の検査認証制度」
生物農薬と近い
生物農薬(微生物や菌、天敵生物を使った防除法)も、同様に無農薬農薬の一種と見なされることがあります。例えば、害虫を捕食する天敵昆虫を農地に放つことで、自然な形で害虫を制御する方法です。
要するに、無農薬農薬は、化学的な合成農薬の代わりとなり得る「環境に優しく、持続可能な農業を支援するための資材や方法」を指す言葉として広まっているといえます。
無農薬農薬の問題点は?
無農薬農薬に注目される方が多い一方、いくつかの問題点もあります。以下に主要な課題を挙げます。
効果の安定性が低い
無農薬農薬は化学農薬と比べ、効果が安定しない場合があります。例えば、天然成分は環境条件(気温や湿度)によって効果が変わりやすく、気象条件や害虫の発生状況に応じて効果がばらつくことが少なくありません。
一部の害虫に対しては効果が限定的で、強力な防除が難しいこともあります。
即効性が低い
多くの無農薬農薬は、化学農薬に比べて効果が出るまでに時間がかかります。そのため、急激な害虫被害や病気の蔓延には対応しにくく、予防的な使用が求められます。使用者は、害虫が発生してから対応するのではなく、定期的な予防管理として無農薬農薬を使う必要があります。
コストが高い
無農薬農薬は天然成分や特殊な製法を用いるため、化学農薬に比べて生産コストが高くなる傾向にあります。その結果、農家の負担が増え、価格が高騰する原因となります。
生産効率が低いため、大規模農業ではコスト面での負担が増える場合も多いです。
持続性が低く、頻繁な再散布が必要
一度の散布で効果が持続する化学農薬と異なり、無農薬農薬の多くは効果が短期間しか持続しません。環境に優しい分、自然に分解されやすいため、効果が切れやすく、頻繁な再散布が必要です。
再散布が増えると作業負担やコストも増加するため、農家にとっては大きな課題となります。
実証データが少ない
無農薬農薬は比較的新しい技術であり、化学農薬に比べて効果やリスクに関する長期的なデータが少ないことが多いです。効果や安全性を立証するデータの不足は、規制当局や農家の採用の際の不安材料となることがあります。
広範な害虫や病気への対応力が限られる
特定の病害虫には効果的でも、広範囲の害虫や病気には十分な防除効果が得られない場合があります。化学農薬のように幅広い種類の害虫に対応できないため、使用場面が制限されることがあるのです。
そのため、無農薬農薬だけでは防除できない場合があり、他の防除方法や農薬との併用が必要になるケースもあります。
無農薬農薬への耐性の問題
無農薬農薬を繰り返し使用することで、害虫がその成分に耐性を持つ可能性もあります。これは化学農薬と同様の問題で、自然由来成分だからといって耐性がつかないわけではありません。
耐性が生じると、無農薬農薬の効果が低下し、さらに頻繁な使用や新しい製品の開発が必要になる場合があります。
「無農薬農薬」という表現が招く誤解
矛盾した言葉であるため誤解を招きやすい
「無農薬農薬」は「農薬がない農薬」という矛盾した表現です。このため、消費者や利用者が混乱することがあります。特に、農薬を避けたいと考える消費者には、無農薬農薬であれば「農薬が不使用」であると誤解される可能性が高いです。
「農薬」には害虫駆除のために人体にも有害であるなどのイメージがあるため、「無農薬」を含む表現に「安全」「無害」という印象が過剰に結びつき、効果やリスクについての理解が不十分になるおそれがあります。
「無農薬」を広義に使うと、曖昧さが増す
「無農薬」という言葉自体が曖昧なため、無農薬農薬も明確に何を指すかがわかりにくくなります。無農薬農薬は「化学農薬を使っていない」という意味合いを持つことが多いですが、消費者には「完全に農薬を使っていない」という誤解を与えやすいです。
実際には、天然由来の成分も広義の「農薬」として使われることがあり、無農薬農薬にも薬効成分が含まれます。消費者に対して「化学的合成物質ではないが、農薬のように作用するもの」と明確に説明されないと、誤解や不信感が生まれるリスクがあります。
このような背景から農林水産省「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」では、無農薬という表現について規制をしています。以下、Q&Aの抜粋です。
(Q6)「無農薬」「減農薬」「無化学肥料」「減化学肥料」の語を表示してはならないのはなぜですか。 また、どのような表示なら許されるのですか。
〔A〕
1.平成4年に特別栽培農産物に係る表示ガイドラインを制定し、農薬や化学肥料を節減した特別な栽培方法よる農産物の生産と表示のルールを定め、これら農産物の表示の適正化を図ってきたところです。
2.しかしながら、平成15年5月改正前のガイドラインの表示に使われてきた「無農薬」の表示は、生産者にとっては、「当該農産物の生産過程等において農薬を使用しない栽培方法により生産された農産物」を指す表示でしたが、この表示から消費者が受け取るイメージは「土壌に残留した農薬や周辺ほ場から飛散した農薬を含め、一切の残留農薬を含まない農産物」と受け取られており、優良誤認を招いておりました(無化学肥料も同様です。)。
3.さらに、「無農薬」の表示は、原則として収穫前3年間以上農薬や化学合成肥料を使用せず、第三者認証・表示規制もあるなど国際基準に準拠した厳しい基準をクリアした「有機」の表示よりも優良であると誤認している消費者が6割以上存在する(「食品表示に関するアンケート調査」平成14年総務省)など、消費者の正しい理解が得られにくい表示でした。※引用:農林水産省「特別栽培農産物に係る表示ガイドラインQ&A」
「無農薬栽培」との混同を招く
「無農薬」という言葉は、「無農薬栽培」を指すことが多く、消費者は「無農薬農薬を使用する作物は無農薬栽培で育てられている」と思いがちです。
しかし、無農薬農薬はあくまで「化学農薬不使用の農薬」であり、無農薬栽培とは異なります。この混同が無農薬栽培や有機栽培の基準に対する混乱を生む原因になることがあります。
実際、無農薬農薬を使った栽培は、無農薬栽培とみなされないことがあるため、消費者が「無農薬栽培作物」と勘違いしてしまう可能性があります。
「無農薬=安全」との誤解
「無農薬農薬」という表現から、「無農薬=完全に安全・無害」というイメージが強調されがちです。しかし、天然由来の成分や生物農薬であっても、作物や環境に影響を与える場合があります。たとえば、濃度や使用量を誤ると作物への害や、環境への影響が出る場合もあるため、過剰な安心感を持つことは適切ではありません。
「天然=安全」ではないため、消費者が必要な知識を持たずに安全と信じ込むリスクがあります。無農薬農薬のリスクや正しい使用法を伝えるために、より明確な表現や説明が必要です。
代替農薬全般をまとめた表現として不正確
「無農薬農薬」という表現は広範すぎて、具体的にどのような種類の農薬を指すのか不明確です。生物農薬や、植物エキスを使ったものなど、さまざまな無農薬農薬と言えそうなものが該当しますが、この一言でまとめてしまうと、各製品の特性がわからなくなります。
消費者にとっては、どのような成分で、どの程度の安全性があるのかを正しく知るための障壁となりかねません。
まとめ
無農薬農薬は、環境や人体への負荷を減らすことを目的として注目されています。しかし、無農薬農薬という矛盾と誤解を招きやすい表現が問題視されていることや、効果の安定性やコスト、持続性の問題が残っているため、単独での利用だけでなく、他の農業技術や防除手法との併用を検討することが重要です。
より正確で誤解の少ない表現としては、「天然由来農薬」「非化学農薬」「生物農薬」「代替農薬」などの用語が考えられます。また、無農薬農薬に対する説明をきちんと行い、天然由来であっても正しい使い方が必要であることを強調することで、利用者に理解を深めてもらうことが重要となるでしょう。